大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1171号 判決

第一一七一号事件被控訴人、第一二二二号事件控訴人(以下、第一審原告という) 真田守

右訴訟代理人弁護士 松山正

右訴訟復代理人弁護士 大山美智子

第一一七一号事件控訴人、第一二二二号事件被控訴人(以下、第一審被告という) 西川善五郎

同 西川和雄

右両名訴訟代理人弁護士 江口保夫

主文

一、第一審原告の控訴にもとづき、原判決をつぎのとおり変更する。

第一審被告らは、第一審原告に対し、連帯して二七八万八四二四円およびこれに対する昭和四七年三月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第一審原告のその余の請求を棄却する。

二、第一審被告らの控訴をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は、第一、二審を通じて五分し、その三を第一審被告らの、その余を第一審原告の各負担とする。

四、この判決は、第一審原告の勝訴部分につき仮に執行することができる。

事実

第一審原告訴訟代理人は、「原判決中、第一審原告敗訴部分を取り消す。第一審被告らは、第一審原告に対し、連帯して三五五万四九四四円およびこれに対する昭和四七年三月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言ならびに第一審被告らの控訴を棄却するとの判決を求め、第一審被告ら訴訟代理人は、「原判決中、第一審被告ら敗訴部分を取り消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決および第一審原告の控訴を棄却するとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用および認否は、つぎに付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(主張)

1  第一審被告ら訴訟代理人は、第一審被告らは第一審原告に対し、合計一三四万六一六〇円を支払っているので、これを損害額から控除すべきであると述べた。

内訳

イ、四四万円 第一審原告訴訟代理人が代理して受領

ロ、二一万四四一〇円 第一審被告らが支払った二五万円のうち治療費三万五五九〇円を控除した残額二一万四四一〇円を休業補償に充当

ハ、一七万一七五〇円 自賠責保険から傷害分として支払い

ニ、五二万円 自賠責保険から後遺症補償分として支払い

2  第一審原告訴訟代理人は、第一審被告らの右主張事実はいずれも認めるが、イは当審において、ロ、ニは原審においてそれぞれ控除ずみであり、ハは本訴請求には含まれていないと述べた。

(証拠)≪省略≫

(訂正等)≪省略≫

理由

一、原判決事実摘示請求の原因一(事故の発生)、二(第一審被告らの責任)および三のうち第一審原告が本件事故により外傷性頸部症侯群の傷害をうけたことは、いずれも当事者間に争いがなく、審理の結果によれば、第一審原告は、右傷害のため、昭和四五年九月二日から昭和四六年一〇月三一日までの間、入院三日、通院約一〇〇日の治療(検査を含む)を余儀なくされ、昭和四六年一〇月一二日、自賠法施行令別表に定める一二級一二号に相当する後遺障害認定をうけたことが認められる。右の治療経過および後遺障害認定に関する当裁判所の判断は、原判決七枚目―記録二二丁―表一〇行目から原判決一一枚目―記録二六丁―裏七行目まで(「傷害の部位・程度、治療経過、後遺症」と題する部分)と同じであるから、これを引用する(ただし、原判決七枚目―記録二二丁―表一一行目の「成立」の前に「原本の存在と」を加え、同裏一行目の「右書証と対比し」を「弁論の全趣旨により」と改め、同二行目の「原告」の前に「原審における」を加え、同一〇行目の「二四日」を「二三日」と、同一一行目の「四三日」を「四二日」と、原判決九枚目―記録二四丁―裏六行目の「二日」を「三日」と、同七行目の「二三日」を「二四日」と改め、原判決一〇枚目―記録二五丁―裏五行目の「少」のつぎに「な」を加え、同九行目の「経椎」を「頸椎」と改める)。

二、そこで、第一審原告の損害について検討する。

1  得べかりし利益の喪失分

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、第一審原告は、本件事故により、昭和四五年九月から少なくとも八ヶ月間、それまでみずほ工業の商号で営んでいたプラスチック製造用金型の製造業を休業するのを止なむきに至り、そのため、一ヶ月平均二五万円、合計二〇〇万円を下らない収入を喪失し、これと同額の損害を蒙ったことが認められる。

(二)  これに対し、第一審被告らは、第一審原告は本件事故の一年前から競艇、競輪に凝り、殊に江戸川競艇開催日には、工場を開け放したまま留守番も置かず競艇場に出かけ、仕事をしていなかったもので、工場を鈴木兄弟に転貸してその家賃収入で遊び歩いていたこともあった旨主張し、≪証拠省略≫中には、右主張に符合し、かつ、「第一審原告は本件事故まで一年位は工場を開け放しでほとんど寄りつかず、機械等はほこりだらけであった」とか、「工場も倒産して逃げ歩いている状態で、第一審原告とは連絡もとれず、仕事をしているところもみたことがなかった」という趣旨の証拠部分がある。しかし、これらの証拠には、「性格は勝手で他人の意見等は無視する傾向があり、出来もしないことを出来るといって大言壮語する」とか、「身体が悪くもないのに慰藉料を取るまでは具合が悪いというだろう」といい、さらに、「早い話、他人の金で食べようとする気持が多いのではないか」とか、「あそこまで追いつめられていたので口でごまかして他人から金を借りる常習犯であり、ずるい奴であった」などという第一審原告個人に対する悪意の中傷ともみられる表現を含むもので、全体的に誇張があってただちには信用しがたいものがある。のみならず、≪証拠省略≫を総合すると、つぎの事実を認めることができるのであって、これらと対比して第一審被告らの主張に符合する右各証拠はとうてい信用することができない。すなわち、(イ)第一審原告は、若年のころから金型製造関係の仕事に従事し、昭和四二年五月ころから、大越卯蔵所有の建物を工場として一ヶ月二万五〇〇〇円の賃料で借りうけ、一〇〇〇万円相当の機械設備を設置してプラスチック製造用金型の製造業を営んできたもので、その間、鈴木兄弟に対し一ヶ月一五万円の使用料で機械設備の共同使用を認めたことがあったが、その時期は昭和四二年八月ころから同四三年一二月ころまでであって、その後は本件事故に至る一年半以上の間、第一審原告がひとりで右製造業を営んできた。(ロ)右製造業による売上げ高は、昭和四四年八月から同四五年七月末までの一年間の合計が少くとも四三四万四〇二〇円であって一ヶ月平均三六万二〇〇〇円に達する。第一審原告が主として取引していたのは株式会社堀内製作所であって、同会社とは一五年来の取引関係があるが、これに対する売上げ高のみをみても、昭和四四年八月から同四五年七月末までの一年間に三八〇万六〇二〇円を占め、一ヶ月平均三一万七一六八円となる。(ハ)堀内製作所が一回に注文する仕事量は、第一審原告としては、その気にさえなれば一〇日位で終えることのできるもので、そのため、第一審原告は、工場を開けて競艇に出かけることが少なくなかったが、納入した製品の修理のため得意先に出向くこともあって、全く仕事をしていなかったとか、倒産状態にあったわけではない。(ニ)このことは、動力用電気および電話の使用料が本件事故に至るまでの間ほとんど変化がなく、電気料は、昭和四五年五月一九日から同年六月一八日までが五六八一円、昭和四五年六月一九日から同年七月一八日までが五一四七円、昭和四五年七月一九日から同年八月一八日までが四七七六円、昭和四五年八月一九日から同年九月一八日までが四一八三円であって、右のうち最後のが昭和四五年八月三一日までの実質一二日分にすぎないことに照らすと、本件事故の直前にはむしろ増加していること(もっとも、≪証拠省略≫によると、動力用電気の使用量は、昭和四五年五月一九日から同年六月一八日までが二五一キロワット、昭和四五年六月一九日から同年七月一八日までが一二二キロワット、昭和四五年七月一九日から同年八月一八日までが四一キロワット、昭和四五年八月一九日から同年九月一八日までが一五キロワットとなっており、本件事故の直前に急激に低下していることが認められるが、右のとおり、使用料はほとんど一定しているうえ、≪証拠省略≫によれば、一ヶ月の使用量は平均して四・五〇キロワット程度であることが認められるから、右≪証拠省略≫のみでは、動力用電気の使用量が減少したことの証拠とはなしがたい)、電話料は、昭和四四年八月から同四五年七月まで、もっとも少ない月が一〇一一円、多い月が二六四四円であり、本件事故の直前にもとくに減少はみられないことによっても裏づけられる。(ホ)また、第一審原告は、製品の納入先等からうけとった手形は、主として株式会社マルマン堀内商店で割引いて現金化していたが、同商店との取引は、昭和四三年ころから本件事故の発生当時まで間断なく継続しているうえ、右事故の直前たる昭和四五年八月二五日には、株式会社東京富士スバルとの間で、製品の納入等に使用する自動車を六九万円で購入する契約を締結し、保険料等立替の名目で約六万円を同会社に支払っていた(その後、本件事故のため契約が解消された)。

(三)  もっとも、≪証拠省略≫によれば、第一審原告は、本件事故当時までに三ヶ月間工場の賃料を滞納し、また、昭和四五年七月三一日には電気料を三ヶ月分延滞したため送電停止の措置をとられた事実が認められるが、右供述によると、賃料の滞納については、第一審原告が工場に設置した事務所および便所の費用と相殺してくれるよう要求していたが、賃貸人たる大越卯蔵がこれを拒否していたことが原因であり、電気料の延滞については、納入した製品の修理等のため外出することが多く、集金人に会う機会を失したことによるというのであって、これらの滞納の背景には、ややルーズともみられる第一審原告の性格があることを否定しえないが、右弁解にも一概には排斥しえないところがあり、したがって、賃料および電気料の滞納があったからといって、第一審原告が仕事をしていなかったとか、その経営する金型製造業が倒産状態にあったものということはできない。

(四)  そして、≪証拠省略≫によると、金型製造業においては、材料代が製品の価額の一割五分ないし二割であって、電気料その他の諸経費も控除しても、売上げ高の七割五分ないし八割が粗収入となることが認められるから、第一審原告は、さらに工場の賃料を差し引いたとしても、本件事故による負傷休業により、一ヶ月につき、前記売上げ高の約七割に相当する二五万円を下らない収入を喪失したものとみることができる。なお、≪証拠省略≫によると、第一審原告は、治療期間の途中である昭和四六年二月から約三ヶ月間、鈴木兄弟金型においてアルバイトをしたことが認められるが、同人は、その後は後遺障害の認定をうけるまでの間、ほとんど仕事をしないで治療を続けていたことが認められるから、休業期間は、第一審原告主張のとおり、八ヶ月とみて妨げがない。

2  後遺症による得べかりし利益の喪失分

第一審原告が、昭和四六年一〇月二日、自賠法施行令別表に定める一二級一二号に相当する後遺障害認定をうけたことは前記のとおりであり、これによって見れば、第一審原告は右の後遺障害によって以後三年間、一四パーセント程度の労働能力を喪失したものということができるから、一ヶ月の収入を二五万円とみてホフマン方式により中間利息を控除したうえで喪失利益の現価を計算すると、一一四万七〇二〇円となり、第一審原告は、これと同額の損害を蒙ったことになる。

その計算式はつぎのとおりである。

250,000×12×14/100×2.731=1,147,020

3  慰藉料

第一審原告がうけた傷害の部位・程度、治療経過、後遺症その他本件の審理にあらわれた諸般の事情を総合すると、その慰藉料としては八〇万円が相当である。

なお、第一審原告は、休業中賃料滞納を理由に工場の明渡を余儀なくされ機械類も債権者にとられて廃業の止むなきに至ったことを特別損害として慰藉料の請求をするが、≪証拠省略≫によれば、第一審原告が廃業の止むなきに至ったのは、賃貸人たる大越卯蔵が、第一審原告の債権者である斎木国弥と共同して工場内にあった機械設備を無断で搬出し工場建物を他に売却してしまったことによるもので、本件事故後の賃料不払いを理由として賃貸借契約が解除され、法的手続を経て明渡の執行がなされたことによるものではないことが認められるから、本件事故と廃業との間に因果関係があるということはできないので、右請求は採用のかぎりでない。

4  治療費未払分

≪証拠省略≫によれば、第一審原告は、順天堂病院で治療をうけた際、昭和四六年七月二六日から同年一一月三〇日までの治療費として五万一四〇四円を負担したが、第一審被告らから支払いをうけていないことが認められるので、同人らにおいてこれを賠償すべきである。

5  弁済充当

第一審原告が本件事故による損害の賠償として合計一二一万円の支払いをうけたことは、その自陳するところであるから、これを前記損害額から控除すべきである。

なお、第一審被告らは、ほかに傷害分として自賠責保険から一七万一七五〇円の支払いがあった旨主張し、右事実自体は当事者間に争いがないが、既に支払いのあった治療費は本訴請求の対象となっていないことがあきらかであるから、これを前記損害額から控除すべきではない。また、第一審被告らは、同人らが支払った二五万円については、三万五五九〇円を治療費に、残額二一万四四一〇円を休業補償に充当したと主張するが、右充当関係を認めるべき証拠はない(したがって、右治療費と第一審原告が本訴で請求する治療費の未払分との関係も不明である)から、第一審原告の自陳するとおり、全額が本訴請求分に対する弁済として支払われたものと解するほかない。

三、以上のとおりであって、第一審被告らは、第一審原告に対し、連帯して、本件事故による損害賠償として二七八万八四二四円およびこれに対する本件訴状が第一審被告らに送達された日の翌日であることが記録上あきらかな昭和四七年三月三〇日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、第一審原告の本訴請求は右の限度で認容しその余を失当として棄却すべく、第一審原告の本件控訴は一部理由があるので、原判決を主文のとおり変更し、第一審被告らの本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき民訴法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 兼子徹夫 太田豊)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例